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2010年10月25日月曜日

小集団マネージメントとイノベーション

  •  小集団マネージメントとイノベーション
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  • はじめに
  • 小集団マネージメントと個人の能力評価についてtsuhi02さんと議論をしていたら、浅田さん@asada0から突っ込みが。現代社会の4つのイデオロギー を巡る話にもなりました。一匹狼で腕に自信のある人はリバタリアニズムの考えを持つのですが、それを社会に展開して新古典派の市場至上主義に結びつけてはいけない、というあたりは今後も大切になってくるところです。コラボレーションのマネージメントの思想と方法の奥は深いです。
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  • あと、いつも鋭いコメントをつけてくれる@Bebsonさんが「公共圏と個人のオリジナリティ」のエントリーにつけてくれた文章を補遺としてつけました。コラボレーションマネージメントがアメリカでノレッジマネージメントとして誤解されてしまったあたりの参考に。ノレッジマネージメントではなくて組織行動学として理解されるべき問題だとおもっています。このあたりもいずれは考えてみたいとおもっています。
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  • Sun, Oct 24
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  • 09:54  RT @tsuhi02: @NaohitoOkude 拝見しました。わたしが勤める会社では、ある製品開発チームを社内的にブランドにしています。共同作業は文書や論文、ブログのURL にいたるまで、チームロゴやチームの名前を使います。それでいて個人の成果の場合は個人が発表する ...
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  • 10:02  @tsuhi02 コメント、ありがとうございます。グループで仕事をしてグループで評価する。グループはプロジェクトが終われば解散。しばらくこれを繰り返していると、良い評価を受けたプロジェクトに共通の人間がいることが分かる。これが21世紀のリーダー。
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  • 10:04  @tsuhi02 エリートを選抜していろいろなチーム(固定)をマネージさせて能力を見るのが戦前からの日本の名門組織の特徴。イノベーションが必要でない場合はこれで結構いいリーダーが選べる。だがイノベーションが必要なときはそうはいかない。創業者がいるところは創業者が引っ張る。
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  • 10:19  @tsuhi02創業者が力を失えばそれでおしまい。これではマネージメントとは言えない。ではコラボレーションでイノベーションを行い、かつ能力のある人をリーダーとして育成できるか。この問題を議論するのが組織行動学。日本の会社の人事部は個人の能力を個人の成果だけで評価する。
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  • 10:21  @tsuhi02だが、実際の成果とリーダーの評価が結びつかない。そこで実行力を評価する方法がいろいろ工夫された。組織行動学的に考えれば、会社をかわりながらも毎回業績を上げていれば、グループをまとめて成果を出す能力に卓越している。チームを変えて次々の成果をだす。これもいい。
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  • 10:24  @tsuhi02つまりは、どんなチームでも(少々できが悪くでも)まとめあげて成果を出すというのが優れたリーダーなんだけど、それはいくつかのチームをマネージメントさせてみないと分からない。そしてチームの業績はメンバー個々人の能力とはあんまり関係ないがリーダーはいる。ここが肝です。
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  • 10:38  @asada0 評価されないと嘆くのはなぜ?>>それは組織に属しているから。一匹狼の評価は報酬と満足感。さすらいのガンマンとか心臓外科医とかITプロとか。戦国時代から組織はいかに人を評価するか。そして評価されるか。ここを間違うと、馬鹿が人の上に立つ。馬鹿が馬鹿を呼ぶ。  [in reply to asada0]
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  • 10:41  @asada0 個々から先は価値判断。個人の自立した能力を大事にすれば『伽藍とバザール』の著者のようにリバタリアニズムに向かわざるをえない。権力嫌いで高い能力を持っている人の生き方だな。で、体制迎合だと全体主義保守主義。個人的な能力の優れている人が社会を管理すればいいと考える。
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  • 10:44  @asada0社会支配のイノベーションを考えれば全体主義だし、イノベーションを否定すれば保守主義になる。個々人の能力の卓越性をあまり気にしないで権力嫌いが小集団主義というか思想的にはコミュニタリアニズムと結びついたあたりが僕には気持ちがいい。個人じゃないんだけど全体主義でもない。
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  • 10:46  @asada0内田樹さんがいろんな表現で説明していることもここに関係する。スモールチームで成果を出す方法。ここをしっかりと身に付けてね、というのがKMDのリアルプロジェクトなんだけどね。組織行動論の実践だし、いまだにアメリカの西海岸のベンチャーカルチャーから学ぶべきところ。
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  • 11:03  @asada0 僕はKMDに来るくらいの学生なら、自分が評価されないと嘆くより>>これは組織を作った後の話で、KMDではそうした気持ちをメンバーに起こさせないような組織作りを学ぶ、ということが大切だと思います。でもKMDでも、自分が評価されていると感じる小集団をつくることは大切。  [in reply to asada0]
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  • 18:13  RT @tsuhi02: @NaohitoOkude このやり方も実は、問題があって、「優秀だけども政治ができないチーム」は、淘汰されてしまう。なぜなら、自分のチームのプロジェクトに予算を取れない。たいしたことがなくてもチームブランディングがうまいチームに予算がつく。これ ...
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  • 18:13  RT @tsuhi02: @NaohitoOkude 「イノベーションを起こさなくても予算がつく」と言うことになると政治が主戦場になってしまう。チームブランドは皆がため息が出るほどの高い技術と品質をひねり出すことでブランドして存在するはずて、純粋な政治とは異なるものだ。
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  • 18:13  RT @tsuhi02: @NaohitoOkude とはいえ、そうならないのも現実。
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  • 18:16  @tsuhi02 イノベーションをするチームを別に作り、他のチームとはマネージメントの方法を変える。これがP&Gのラフリーがイノベーションマネージメントで採用した方法です。社内にイノベーションファンドをつくり、そこから予算配分をする。詳しくは『ゲームの改革者』を参考に。
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  • 補遺
Bebson さんのコメント...
『暗黙知』に付いての爺(ジジイ)の考察 @LeighCho > なるほど、言語仕様が思考を規定するという事ですか。チョムスキーの形成言語の考え方とポランニーの暗黙知の概念に何かヒントがあるような気がしていま す。// マイケル・ポランニー氏の『暗黙知』は『パンツをはいたサル』の栗本慎一郎先生の飯の種でもありましたね? @LeighCho ポランニー氏の『暗黙知』を経営学者の野中郁次郎先生が"日本化"して、職人が有するコツやカンなどの『暗黙知』は「形式知」化して行く事によって共有出 来るのだと仰りました。日本には、匠の技として『暗黙知』が溢れておりますが、実はこの『形式知化』は極めて難しい。 @LeighCho 前に申し上げた様に、人間の脳内空間には、意味を持った『情報単位』が、神経衰弱の時の図柄を持ったトランプ・カードの様にランダムにばら撒かれておりま す。これをKJ法の問題解決が如く、記憶や論理の糸で紡いで『使える未言語化構造体』にしたものが『暗黙知』なのです。 @LeighCho 以上は、日本語を使っている時の状態で、欧米の言語の場合には、この意味を持った『情報単位』は図柄を持ったトランプ・カードではなくて、圧縮されて折り 畳まれた音声lzhファイルなのですね。使用時には、広げて展開し情報をその都度、読み聞きして使用する事になります。 @LeighCho 日本語の場合には、この自分自身でも可視化可能な、TV中継データの様な未言語化構造体を、実況中継の様に言語化して初めて『形式知化』され、一人の人間 から他の人間へ伝達可能となり、『匠技』の集団共有や、更に共同作業が可能となります。しかし別の手段もあるのですね。 @LeighCho それが、この図柄を持ったトランプ・カードの『情報単位』を現場とユウ大広間にばら撒いて始める集団神経衰弱です。『情報単位』を《未言語化のまま》ダベ リングを記憶や論理の糸として使用し、集団で集めた無数の『情報単位』を紡いで行くのです。これを『腹芸』と言います。 @LeighCho この集団神経衰弱を、他の方(@gnsi_ismr)が『 機能を個々の参加者に帰属せず、全体としてその機能が実現されればよい、という観点でのインタラクションの分析枠組み』と表現されてます。カードは集団で 集めて意味のある使える束にしますから、個人には出来ません。 @LeighCho 川喜田二郎(1920-2009)先生のKJ法も個人の脳内の可視化情報を、巧みに組み立てて、新たな構造体を作成する発想法としてスタートしました。後 に集団内の問題解決に非常に役に立つ事が判明して、良好なコラボレーション感覚を作り出す武器として、活用されました。
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    4 件のコメント:

    1. 私の拙いコメントを引用して頂き光栄です。有難う御座います。所で、日本語を習っている方には神経衰弱は nervous breakdown ではなくて、カード・ゲームの memory pairs の事ですと申し添えて置きます。

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    2. @BebsonJP KJ法というと自分の業界ではバズセッション後に出たさまざまな発想、情報の整理法としてよく取りあげられています。後はアレックス・F・オズボーンのブレインストーミングとチェックリスト法が有名ですが、発案者の母語での使用が一番最適化されているのかもしれませんね。

      @LeighCho 大勢で粘土を掻き回し(ダベリングし)ながら、情報自身が自ら結晶化するのを待つ。他からの先入観を出来るだけ排して『情報をして自ら語らしめる』事に依って、川喜多先生は、チベットの社会構造を初めて解明したのでした。自己主張の強い西洋人には難しい方法なんです。(:-P

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    3. > エリートを選抜していろいろなチーム(固定)をマネージさせて能力を見るのが戦前からの日本の名門組織の特徴。イノベーションが必要でない場合はこれで結構いいリーダーが選べる。だがイノベーションが必要なときはそうはいかない。

      明治からこの方、欧米に追いつく為に日本の名門組織が取り入れたのが、この方法です。でも本質的に日本人向きではないのです。欧米のリーダは農耕馬に対するサラブレッドの様に一般大衆とは、生まれも育ちも全然違います。所謂、生物種が違うと言っても良い。このリーダー人種が愚昧な大衆を率いて、成果を上げて行くのが欧米流。残念乍ら、日本人にはサラブレッド並の凄い人種は余り見つかりません。私の師匠の城野宏先生の様に、日本人と中国人の混成軍を指揮出来る生まれながらの指揮官も偶には居らっしゃいますけど。しかし乍ら、日本人は全体としての平均値が欧米の愚昧大衆よりも遥かに高い。ですから、リーダーには特別能力の高い別人種を必要とせず、グループ内の軋轢を巧みに解消させる能力を持つ、皆の纏(まと)め役で充分なのです。そこで奥出先生が仰る様な .....

      > グループで仕事をしてグループで評価する。グループはプロジェクトが終われば解散。しばらくこれを繰り返していると、良い評価を受けたプロジェクトに共通の人間がいることが分かる。これが21世紀のリーダー。

      人種の違わない(能力も余り違わない)、同じ日本人(在日の人達を含む)で、何処のオーケストラへ行っても、そのオーケストラ最大限の『演奏能力』を引き出せる指揮者を、出来るだけ沢山育てようとする音楽学校(あらゆる組織)が21世紀の日本を世界のリーダーにします。KMDにもその可能性が大いにあると思います。私としては、大変期待しております。

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    4. 2010年10月26日1:05 のコメント中、『川喜多先生』は『川喜田』の間違いでした。亡き先生に失礼しました。

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