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2010年8月14日土曜日

ハビトゥスとインターナショナルバカロレア

  • Fri, Aug 13 

  • 08:23  昨晩は旧知のインターナショナルスクールのオーナー夫妻と世良田。ヨーロッパのブルジョワジー子弟教育カリキュラムが暗黙の前提としている家庭での教育の部分を補わないと、ほっておいてもできる子でないと最後の過程を高い得点で終了しない。そこを補う新しいカリキュラムを開発したいとの相談。
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  • 08:27  放っておいてもできる子とは日本で言う高校2年生ですでにSATも満点に近く、ピアノも上手で、柔道もできたりする。稲見君にインターンをお願いしたが、そこでも楽しい研究をして今度学会で発表する。こうした子の可能性を縛らないことも大切だが、普通の子のてこ入れが大事。
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  • 08:30  ブルデュがハビトゥスといったブルジョワ階級再生産の構造をどのように明示化してカリキュラムにするか。どんな背景の子供でも、突出して優秀でなくても、英語圏のトップレベルの大学に普通に入ることができるにはどうするか?創造性教育と知識教育の両方を満たすにはどうするか、ここが挑戦。
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  • 08:33  この学校はインターナショナルバカロレアの資格を独力で獲得した。その経験があるからこそ、問題点も自分の問題としてとらえられており、その解決策も実際のこのカリキュラムを経験した卒業生と相談しながら考えている。特定の文化価値観から自由になり、かつ高度な教育を得るための素晴らしい挑戦だ。
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  • 08:38  ちなみに英語圏以外では大学で高度な研究が行われている、というリアリティがない。北欧もドイツもフランスもイタリアも大学教育はぬるい。それはそれで何か意味があるような気がする。だが、英語圏は高等教育のプロセスが非常に明示化されている。ある意味学問が民主主義と資本主義に直結している。
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  • 08:42  要するに実学ということだが、この実学を支える価値観が大変動をしている。近代的学問の手法の継承は行われているが、その目的や価値観の変動が始まっており、目が離せない。イギリスにおける大学の再編やフランス、スイス、北欧の大学などにおける新しい挑戦、そしてアラブ圏が大学を作り始めた。
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  • 08:45  ドラッガーが指摘したようにホワイトカラーの登場が19世紀資本主義における資本家による一方的な労働者の搾取を緩和して、多くの人が大学に進学して、安定した給料をもらい、ローンで家を持った。こうした人生を送ることが目的となっていた社会が変動を始めたのが1970年代後半だ。
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  • 08:47  20世紀の教育をささえた知識詰め込みカリキュラムは機会均等という意味では価値があった。算数ができれば上級の学校にいけますよ、というわけだ。暗記ができるともっといいですよと大学教育までの道をつけた。ホワイトカラーにふさわしい人材を平等に「選抜」した訳である。
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  • 08:50  だがホワイトカラーといえども資本家ではない。ひどい搾取はされないが、ブルジョワジーにはなれない。この見えない支配関係にくさびを入れ始めたのが、算数ができて暗記もできる子供たちであったことは興味深い。金融システムの操作が許可されてライシュの言う資本主義の暴走が始まる。
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  • 08:53  そして20世紀資本主義は壊れた。壊した張本人たちは次の世界を創造する方法を知らない。あるものは一生遊んで暮らせるお金を手に入れて、あるものはすべてを失っているだろう。だが、明らかなことは別の世界に僕らはいるということだ。リーマンショックのあとの荒れ野原にたたずんでいる。
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  • 08:56  もう一度資本主義と民主主義がアジアで始まろうとしている。リーマンショックが示すように歴史は終わっていなかった。新しい歴史、19世紀資本主義とは別の歴史を生み出すチャンスに我々はいる。この流れに主体的に身を投じる勇気と生き残る能力をKMDの学生には教えたいし、身につけてもらいたい。

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