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2011年3月29日火曜日

ポスト西洋社会と21世紀の啓蒙主義(平成22年度慶應義塾大学大学院学位授与式祝辞)

はじめに

この度、東日本大震災の被害にあわれた多くの皆様に心からお悔やみ、お見舞い申し上げます。

1:リーマンショックその後

さて、2008年のリーマンショックから徐々に世界が立ち直ってくるにつれて資本主義の活動の中心が西洋から東洋へとシフトしています。今日はこの問題についてすこしお話しして卒業する皆様へのメッセージとさせていただきます。スピーチのタイトルはポスト西洋社会と21世紀の啓蒙主義です。

2008年、慶應義塾大学とシンガポール国立大学は共同でCuteセンターを設立しました。私はそこの研究員としてまた昨年度からは工学部の招聘教授として、年に30日以上シンガポールに滞在しています。リーマンショックの時はさすがにすこし景気が冷めましたが、直ぐに復活して、2010年の夏以降には、人々の動きや経済活動の勢いがいままでと質的に変わったなという気がするほどでした。その頃、シンガポールのホテルで朝食を取っていた時に、ファイナンシャル・タイムズ(Financial Times以下FT)に、「西洋はいまこそ自らの理想に従って行動を開始しなくてはならない」という見出しの記事を見つけました。産業革命からすると、200年ぶりの、そして大航海時代を考えると500年に一度の大きな時代の変化がきていると言うわけです。(注1)
“The west must start living up to its ideals”  By Dominique Moïsi
August 3 2010, Financial Times
リーマンショックの前の世界には妙な資本主義が跋扈していました。市場からの資本の直接調達、日本の資産だった郵貯をむしり取りに来るグローバルな金融資本主義、そして奇天烈な銀行の行動。このことを的確に鋭く批判をしている人はいましたが、その声を聞いて行動を自粛した人は少なく、心ないお金が動きました。多くの銀行が資本主義の強烈な組み替えの嵐に翻弄されました。

金融のグローバル化のかけ声によって銀行が吹き飛ばされた後に登場したのが新しい金融システムです。ファンドをつくり、投資する。安く買って高く売る。グローバルにこれを繰り返す。ババ抜きになる。頭の良い人がややこしい理屈を作り、我々の生活とは関係ないところに「市場」をつくる。ところがリーマンショックでそれが壊れたのです。

リーマンショックの直後、「数値をいじくり回すMBAを作り続けてきた我々は間違っていた」とハーバードビジネススクールのトップが発表しました。そして2010年7月に新しくビジネススクールの学長になったのはニティン・ノーリア(Nitin Nohria)であり、彼は経済や財務の専門ではなくリーダーシップと倫理の専門家です。個人の収益を最大化するためにシステムを駆使する専門家を育成するのではなくて、アジアとどのように向かい合っていくのか、よきリーダーシップとはなにかなどを考えることをビジネススクール教育の柱にする、というメッセージを送っています。(注2)

 注2 “A health check for Harvard” by Stefan Stern
October 20 2008 FT
URL:
“Dean poised to shake up business”  by Stefan Stern May 10 2010 FT
URL*


有名にならなくても金持ちにならなくても自分自身が幸せになり、プチブルジョワジーのような自己中心的価値ではなく、といって英雄のように世界を支配するわけでもなく、生きていく。そのことが新しい社会システムの構築に繋がっていく。そのためには新しい英知、技術、倫理も、そしてなによりも新しい原理で運用される資本が必要となる。新しい資本主義の誕生が求められているのです。


FTのこの記事を書いた人はドミニク・モイジ(Dominique Moisi)です。彼は『感情の地政学』The Geopolitics of Emotion: How Cultures of Fear, Humiliation, and Hope are Reshaping the Worldという興味深い本を書いています。この本は世界の文化を感情で区分したもので、具体的にはインドと中国が希望、イスラム諸国は屈辱でヨーロッパアメリカは恐怖が文化的特徴だとしています。グローバル化とはこうした異なる価値観を持った"他者"との関係が重要になることなのだと言うわけです。

彼はリーマンショック以後の世界は「ポスト西欧社会」だと言います。イギリスがインドを征服して、中国の帝国が亡びる前の世界はプレ西洋社会です。そのあと、西洋はインドや中国を自分たちより「劣っている」と考えはじめます。西洋社会の登場です。しかしそれ以前は16世紀のヴェネチアとオスマン帝国の関係、あるいは初期の東インド会社とインドの関係は共感と好奇心に満ちたものだったのです。

西洋社会は、西洋が他者を支配し、他者を劣ったものと見る時代でした。だがその仕組みがついに崩壊したとモイジは述べます。資本は西洋から東洋へと移動している。人口学的にも2050年にはヨーロッパとアメリカ合衆国の人口の合計は全人口の12%にすぎなくなります。

現在、インドも中国も経済的に高度成長期にあります。このまま拡大していき、やがて多くの問題が生まれてくるでしょう。だが、西洋社会はこうした国と新しい関係を結ぶ必要があるのです。それは経済・財政、あるいは軍事的な関係というわけではなくて、理念あるいは理想、つまりは民主主義をとおした関係だといいます。

ヨーロッパの帝国が世界の覇権を確立して、非西洋の世界を「劣っている」と見なした少し前の時代である18世紀にヨーロッパで啓蒙主義が生まれます。人間の偏見からの解放を主張した18世紀末の啓蒙主義と民主主義ですが、20世紀後半にはその存在自体がヨーロッパでは危うくなり、北欧でかろうじて残っただけだとモイジは述べます。北欧では権力はつつましく、女性の社会進出が確立している。だが他の西洋諸国の体制はそうではない。ヨーロッパの社会は啓蒙主義の理念からはほど遠い。そして20世紀の資本主義がリーマンショックで終わったのです。

モイジはヨーロッパの思想家なので、西欧の国は自分たちの忘れ去った啓蒙主義の理念をもう一度自分たちの社会のなかで「再発明」するべきだとのべます。そしてそれはアジアに始まっている新しい資本主義と啓蒙思想をどのように組み合わせていくかをアジアとともに考える事でもあると主張するのです。


2:若者の反乱

2011年始めにはもう一つ大きな出来事がありました。それは若者の反乱です。チュニジアやエジプトでは若者が旧体制に反抗しています。一方英国では大学の授業料値上げに反対してやはり若者がデモを行いました。ある国では若者が多いために混乱が起きていて、ある国では逆に少ないために問題が生じているのです。人口学的な変化がこの原因です。多くの子供が大人になり、女性が子供をあまり産まなくなり、大人は長生きするようになる。この3つの変化が全世界を変貌させています。第1の要因は若者の割合を増大させ、第2の要因は今度は逆に若者の割合を下げます。そして第3の要因が老人の割合を増やすのです。FT紙でマーチン・ウルフ氏が「何故世界の若者は不愉快なのか」で興味深い指摘をしているので紹介しましょう。(注3)

注3 “Why the world’s youth is in a revolting state of mind” by Martin Wolf
February 18 2011 FT
URL:

人口が増えてやがて減る。動きはこうです。1954年、英国の平均寿命は70歳で乳児死亡率は3%でした。一方エジプトは平均寿命44歳、乳児死亡率は驚くことに35.3%です。2009年にはイギリスの平均寿命は80歳に延び、幼児死亡率は0.55%まで下がりました。エジプトはそれぞれ70歳と2.2%です。この半世紀あまり、一人の女性が子供を産む数は英国では2.3人から1.8人へ。エジプトでは6.5人から2.8人へと減少しました。イランでは7人から1.8人まで激減しています。人口が増大して減少する。この変化は先進国で起こったことですが、現在開発途上国ではそれを上回るスピードで展開しています。子供が幼くして死んでしまう悲しみが一般的ではなくなり、女性は終わりのない出産から自由になります。その結果として、古い社会の仕組みが機能しなくなっていきます。2011年のエジプトの人口の半分が25歳以下です。また36%が15歳から35歳です。一方英国では25歳以下は31%です。

50歳以上の人間は英国では35%です。エジプトでは15%に過ぎません。英国では社会システムが50歳以上の人に都合がいいように作られており、若者には不利になっています。エジプトでは若者の数が多いので、彼らに権力を渡さないと社会の安定を保つことは難しい。だがエジプトも同じ高齢化の運命をたどるといわれています。

2040年にはどうなるか。エジプトの人口の26%が50歳以上となります。イギリスはさらに高齢化が進み、41%が50歳を越えます。要するに世界中で高齢化が進むのです。イタリーは英国より早く高齢化が進み、50%が50歳以上となります。さらに9%が80歳以上になるといわれています。

いま若者が急激に増えている国は若者に職をあたえる政治を行わないと社会は維持できない。ムバラク支配の崩壊の原因はここにあります。中国も同じ問題に直面するといわれています。若者に仕事を与えなくてはいけないのです。

では先進国では問題はどう展開するのでしょうか?高齢者は働き続けるでしょう。だが若者にも職を与えなくてはいけません。社会の高齢化に相応しいシステムの構築が必要となっています。つまり、発展途上国も先進国も同時期に若者の叫びに対応する必要が生じているのです。若者は「いまのシステムはフェアではない」と叫ぶ。もっともです。だが覚えておいて欲しいのは最終的に今の若者が勝利することです。年長者はやがて老人になり去っていく。それは時間の問題なのです。

ウルフ氏の指摘する人口学的な動きについては最近非常におもしろい番組がありました。大量のデータをコンピュータグラフィックス技術を使って視覚化してその意味を一瞬で理解するという試みです。ハンス・ロズリング(Hans Rosling)がイギリスのBBCチャンネル4にむけて制作したテレビ番組「統計の楽しさ(The Joy of Stats)」の中で放送された「200の国の200年を4分で」というビデオがあります。YouTubeで紹介されて、大人気となり、いままでに400万人以上の人が見ています。このビデオが教えることは産業革命が始まり西洋世界の覇権が浸透した200年は技術の進歩により生活が豊かになり人々の平均寿命が延び続けてきた時代だったと言うことです。第二次世界大戦後植民地が解放されるとこの動きはさらに加速して、いまではすべての国が200年前と比較にならないほど平均寿命が延びて所得も上がっています。確かに科学技術が人間社会のあり方を根本から変えてきました。(注4)

注4 The Joy of Stats  “Hans Rosling's 200 countries, 200 years, 4 minutes”



しかしほとんどの国の人々の平均寿命が70歳を越えて高い生活水準で日常生活を送るようになった今、我々は何処に向かうべきなのでしょうか。行き場のない感じが世界を覆っています。21世紀社会を新しく創り出すためどのようにして第一歩を踏み出せばいいのでしょうか。


3:技術の変化

2011年の北アフリカや中東での若者の反乱は1840年代のヨーロッパで体制に対して反抗した現象と似ています。1848年(163年前)のパリで民主主義をもとめる多くの人たちによって絶対王政が終わり、共和国が誕生しました。フランス2月革命と呼ばれます。この民主主義による革命の情報は当時の新技術:電信、蒸気エンジンで刷られる新聞、鉄道でヨーロッパに伝播し、フランス革命の後、1ヶ月も経たないうちにヨーロッパの国々で絶対王政が倒れ、民主的な内閣が登場したのです。これを3月革命と歴史家は呼びます。革命の影響は大きく、その後フランスに国王が現れることは無く、革命はフランスに留まらず、ドイツ・オーストリア、イタリアとヨーロッパ各地に伝播しました。

福沢諭吉『西洋事情』を書いたのは1866年、1868年、1870年です。フランス2月革命の後です。著作集第一巻の口絵に扉絵の複製がありますが、地球の周りに電線が張り巡らされ、電信のスピードが示されています。汽車、汽船、気球、新しい都市などのイラストが添えられており、まさに産業革命が始まろうとしていた19世紀の西洋についての報告なのです。こうした技術を使っていかに済人、つまり人を救う経済や政治を考えていくべきかがこの本が当時の読者に向けて発していたメッセージです。

2011年の中東での若者の反乱は1848年の2月革命と同じような非常に大きな変化をあらわしています。北アフリカと中東は3つの大陸が交差するところであり、現在経済的繁栄を享受している地域とこれから発展する地域が向かい合っている場所です。そして教育を受けた若者が多数いる地域でもあります。彼らには自分が受けた教育に相応しい仕事がありません。若者の高い失業率が現在の反乱を引き起こしたのです。

こうした若者達は21世紀の新しいテクノロジーを身に付けています。すなわちインターネットソーシャルメディアです。TwitterFacebookのような技術を使って今までは不可能だった密度の濃いコミュニケーションを多くの人たちとこの地域で行い、革命を可能にしたのです。情報を交換して、また新しい情報からアイデアを生み出していきます。いまのところ若者の反乱が大規模な暴力的活動には結びついていません。多数集まり、体制に対して表現の自由と職を求めている。短期的に見ると、この動きは軍隊などによって抑圧されるかもしれませんが、長期的には若者の反乱は多くの発展途上国に広がるといわれています。それだけではなくイギリスでのデモに見られるように発展した国においても若者は反乱します。

現在の大人は自分の生活の現状を守るために政府の負債を増やし、環境を破壊してきました。発展途上国の若者が先進国の経済活動の犠牲となり安い労働力で働き環境も破壊されました。若者は将来において安定して存在していく補償のないシステムを前の世代から手渡されているのです。(注5)
注5 “1848 vs. 2011” by Kurt Andersen Thursday, March 10, 2011 Time
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これから新しく登場してくる社会の中で持続可能な産業を創出するにはどうすればいいのでしょうか。技術が大きく変わり、政策の立案の根拠が変わってきています。知識はたっぷりとネットワークの中を流れています。こうした知識を創造的に活用して新しい社会を創造する時が来ているのです。勿論新たに政策立案をしたり、社会制度設計を行う道はそれほど平坦ではありません。創造的な活動に挑戦するときに多くの障害があるのです。でもそれを越えて行かなくてはいけません。

今回エジプトの若者の活動をある当事者が革命2.0と呼んでいます。革命の英雄がいるわけではない。Web2.0と呼ばれるソーシャルネットワークがその利用者の個々の力を集合的にあつめることによって力を出したように、エジプトの革命は革命2.0だというのです。20世紀的な意味では「革命」ですらないかもしれませんが、若者の動きで社会システムは変わっています。Web2.0においては、インターネットのユーザー個々人が自分で少し情報を入力します。多数のユーザーが入力した情報が集められ整理され、再び個々のユーザーに戻されます。個人は自分の能力を超えた知識や知恵を、自分がほんの少し主体的に参加するだけで得ることが出来ます。200年前に始まった産業社会をささえたコミュニケーションのあり方とは根本に異なる情報システムがWeb2.0です。その考えで作られたFacebookやTwitterというアプリケーションを活用して行ったので革命2.0というわけです。(注6)

注6 Wael Ghonim shares Revolution 2.0 experience on Ted Talks




4: 効率性を越えた新しい社会システムを作る

多くの組織は前時代のテクノロジーを前提とした仕組みをいまだに維持しています。コミュニケーション技術と交通技術は効率性を優先させて単一的なシステムを優先する設計がなされています。効率的だけどいざというときに機能しなくなる。システムの完璧性をもとめてもどこかで問題が起こる。これが過去200年発展してきた巨大システムの欠点です。通信も交通もエネルギーも都市も効率的システムとして設計され造られてきました。このようなシステムはロバストネスをそなえた有機的な構造を持っていません。ロバストネス robustnessとは周りが混乱していても機能を保つことが出来るシステムの特性のことです。環境の変化に対して様々に対応していけるような特性を持っているシステムをロバストであるといいます。デモの間も人々と人々の緊密なコミュニケーションを確保したソーシャルネットワークは非常にロバストな仕組みです。もともとインターネットはそうした非常時におけるコミュニケーションを確保するために作られた技術という歴史もあります。

我々はいま、19世紀後半から20世紀の倫理や哲学では解決できない問題に直面しています。過去20年にわたって我々が経験してきたように、20世紀のシステムは変化に対してロバストではありません。さらに、効率的で誤りのないシステムを構築することは不可能に近いほど難しいことです。21世紀を生きのびていくロバストなシステムを作るために必要なのは実は天才的な閃き、超人的な技術力、神のような芸術性ではありません。必要なのは自分と異なる他者とコミュニケーションする力です。様々な人が社会で様々に出会いコミュニケーションをする。この環境を維持し守ることがシステムをロバストにするには大切なのです。コラボレーションすること、お互いにコミュニケーションすること、お互いに依存すること、お互いを必要とすること。人間が存在して繋がっているシステムです。このイメージは18世紀啓蒙主義には存在していましたが、19世紀20世紀とあまり機能しなかった考え方です。

こうした時代の流れを感じてみると福沢諭吉が『西洋事情』(1866)を記し、『学問のすすめ』(1871)を著し、「世間通常の人物」同士の開かれたコミュニケーションの重要性を論じた『文明論之概略』(1875)を明治の初期に書いた気持ちがわかります。もっとも彼はコミュニケーションと呼ばずに「交際」と呼んでいますが。彼は日本の社会に「交際」を通じて啓蒙思想を導入する必要性を感じていたわけです。いま、21世紀に入り、世界は再び激動しています。人口学的にも資本の視点からも、世界の中心はアジアに向かっています。200年あるいは500年ぶりの大転換期なのです。その時に、君たちには、西洋社会の貢献である啓蒙主義と民主主義を継承しつつ、ポスト西洋社会に相応しい新しい社会システムの構築にむけて、一身独立社中連携して向かって行ってもらいたいと思います。

皆様、卒業おめでとうございます。


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