- Mon, Nov 29
- 19:39 英語初級講座第6回:
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- Fly Me to the MoonとAll of Meはだいぶ形になってきた。英語発音筋肉トレーニングなので、気楽にいこう。リズムも外さなくなってきた。この段階でフレーズを覚えよう。英語はどんど んつないでいく。英語の歌だと普通は8小節が1フレーズだ。
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- 19:42 All of Meだと、All of me why not take all of me, can't you see, I'm no good without youまでだ。長い!!これをひと息で言ってみる。発音しないところ休むところも腹筋は張ったままでいく。どうだろうか。
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- 19:44 も ちろんこれは練習であって、実際はいろいろに変化する。だがポイントは切らないで一息で続けると、英語のうねりというかリズムというかようするにプロソ ディがはっきりと分かる。歌は普通のリズムの場合は8小節、これが目安。これを練習していると息の感じが分かる。実際にやってみよう。
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- 20:10 さ て、『英語のバイエル』Step2に進もう。35番から。ここでフレーズをつくる。全部つなげる。感じは My-da-di-s(z)a-nengineer-ata-major-company発音記号で書いていないから変な感じがする(一カ所zにした。)が、こんな感じ。ここで質問があったlinkingが必要。
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- 20:13 linking とは単語と単語をつないでいくこと。基本的には語尾の子音を語頭の母音につなげる。子音と子音、母音と母音がつながることもある。最初は不自然でもつなが るところに鉛筆の印をつけて無理に口に覚えさせる。全部が一つの長い単語と考えて切らないで続ける。これが原則。
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- 20:20 間違いのない説明は次のURLを参考に。http://bit.ly/igkbaz 以下、このサイトからパラフレーズしてlinkingについて説明しておこう。英語は言葉と言葉をつなげてしまうので、ここを理解するのが肝になる。つながると音も変わっていくのだ。
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- 20:20 だがここはあまり気にしないでつなげる。口の解剖学的な特徴があって、結構つなげていくとそれっぽい音になる。Linkingが発音できるようになって、英語が聞き取れるようになる。また英語も通じやすくなる。
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- 20:25 種 類は子音と母音、母音と母音の二つだが、僕は同時に子音と子音をつなげる練習も勧めている。Linkingとフレーズを一気に発音する。この二つの練習で 英語は見違えてくる。大西さんのバイエルを上手につかうと、さらに文法が身に付く。このあたりを繰り返していると口の周りの筋肉の動きがでる。
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- 20:28 は じめのうちはかなり疲れる。また出てくる音が不自然に聞こえてLinkingを弱くする。だが聞いている方は非常に明確な英語としてきこえているので、自分で不自然に思っても続けてもらいたい。この練習で単語の語尾の子音が落ちなくなる。あとフレーズをつくることでリズムが自然と出てくる。
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- 20:31 とまあいいことだらけで64番まで進めよう。相当疲れているはずだ。今回はここまで。Linkingとフレーズ作りに注意して第1番から第64番まで繰り返しやって見よう。飽きたら歌の練習でもして毎日続ける。自然と筋肉ができてくるはずだ。
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- Mon, Nov 29
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- 18:36 狭山にあるS社の工場を見学。小江戸号という特急で高田馬場からあっという間に着く。ことしのデザイン思考コンサルティングはテーマがグローバリズムとイノベーションだったが、来年はナノ(テク)メカトロとデザイン思考の予感。なんだか技術が大きく変貌している。明日会う大阪のN社も同じ。
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- 18:38 ナノメカトロ技術がエンドユーザを見つける。SF的夢の世界がプロトタイプにおりてきそうだ。そのときに最終製品の企画力、コア部品の企画力をもつ要素技術会社が突出してくる。20年まえにCPUをコアにPCを10年前にiPodをコアにサービスビジネスが登場。次のコアとビジネスは何か?
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- 18:40 見え隠れしているし、量子力学的世界観からすれば見たら変わる。その姿を生み出す手法としてのデザイン思考の勝負の場所が大きく変わる気がする。今回話ができるのはここまで。
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- Sat, Nov 27
- 14:53 RT @hirohrsm: 思考にも「品格」がある。僕は学生に研究の品格をいう。例えば論文にも品格がある。わかる学生は、指摘すればすぐ納得する。わからない学生は、論理的な説明を求めてくる。でも僕には言葉でそれを説明できない。説明できないことにも、大切なことがある。
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- 14:53 RT @hirohrsm: ある数学者に質問したことがある。「定理の発見は、結果が先ですか?それとも証明が先ですか?」。その数学者はこう答えた。「結果が先です。それは数学者にとっては証明しなくてもわかっている。証明は自分自身の再確認のためとわからない人を説得するためにするのです」
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- 14:57 @hirohrsm先生、はじけてるね。品格と直観。これからのアカデミズムの基本です。日本において次世代の研究者はぜひともこの指標で選び育てていきたいものです。
- Sat, Nov 27
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- 10:01 「英語初級講座第5回」のTweetsをblogにあげました。一週間に一回ずつ進めていくと身に付きます。 http://okude.blogspot.com/2010/11/fri-nov-26.html
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- 16:06 英語に関して@BebsonJPの意見はそのとおりで、僕の師匠の英語論と同じです。20年前のグローバル化の時代にはそんな感じ。つまり必要な人だけが英語をすればいい。SFCはその理念で作られた。まあいろいろと茶々が入ったが英語以外の教育に関しては画期的な成果が出た。
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- 16:08 20年経った今、世界は急速に多極化している。工場は外国に展開し、そこで生産された物が日本以外のところで流通する。円高になってもびくともしない日本の会社も登場してきている。そして、大きなマーケットはインドであり中国であり、ちょっと遠いがブラジルだ。インドマレーシアも市場だ。
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- 16:10 そしてすぐにアラブ圏が市場になり50年経てばアフリカも市場となる。西洋中心の世界が500年ぶりに変わり、アングロサクソン中心の世界が200年ぶりに変わる。この激動の中で生きていく訳である。このコンテキストをふまえて英語それもグローバルイングリッシュとしての英語の必要性を感じる。
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- 16:12 それをつかう人は少数でいいと思う。誰もが英語を学ぶ必要はない。だいたいイタリア人だって中国のいくつかの言語を使う人だって、スウェーデン人だって母国語を一生懸命使っている。それでいいのだ。市場はしたたかで人々の欲望は国境も文化も超えて動いていく。商人はどこにでもいくのだ。
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- 16:14 言語は他者を支配する道具であり焚書坑儒つまり前の文化を断つ活動は統治の基本だ。戦後の日本の国語教育によって戦前の知恵の継承ができていないのが団塊の世代以降の日本人だ。なので僕は英語を会社の公用語にとか、小学校から英語教育をするとかそういった議論はナンセンスだと思っている。
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- 16:16 普通話でかかれた中国の文献を研究する人間が言葉に習熟する。政治をケンキュする人間が言葉を学ぶ。つまり言語能力は戦略的な武器なのだ。だとすると、ロシア語や韓国/朝鮮語を学ぶ人間はもっと必要である。これは鈴木孝夫の『武器としての言語』での主張である。
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- 16:17 20年前には日本人はだれからも強制されていないのに欧米の文化を学び英語にコンプレックスを持った。そのコンテキストで考えると英語教育はナンセンスだ。ここには全く同意するのである。なのでSFCをはじめて15年くらいまったく英語教育には興味がなかった。学生にも英語を強要していなかった。
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- 16:19 僕の研究室の初期のつわものたちは本当に英語ができなかった。でも全く問題なく社会に進出していまでも重要なポジションで活躍している。その流れが少し変わってきたのが、外資系の会社が進出してアメリカのエリートビジネススクールの卒業生が金融資本主義を日本に持ってきてからだ。
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- 16:22 それでも外資系でほとんど英語がしゃべれないバンカーが重職をしめていることもある。商人は利益を出してなんぼだから。でもここ5年いや7年くらいか、ちょっと流れが変わってきた。それが多極化を前提としたグローバル化である。つまりアングロサクソンヘゲモニーの外で世界が動く。
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- 16:24 そうなったときに、もちろん英語でなくても普通話でもいいのだが、リンガフランカが必要になる。日本語がその一翼を担うべきだと鈴木先生は主張していて、僕もそれは分かる。がまあ先の話だろう。クールジャパンのようにソフトパワーが増大しているのでいくつかあるリンガフランカの一つにはなる。
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- 16:26 このレベルの英語であればあえて時間をかけて教える必要はない。自分で学んでくれればいいのだ。だが、経済においては多極化が起こっているにもかかわらず、文化はあいかわらず英語ヘゲモニーが強い。発信はグローバル英語あるいはPlaine Englishでいい。
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- 16:28 受信が問題。横暴なまでにヴァナキュラ-英語話者同士が英語を母語としていない人間の前でしゃべる。これははっきり言ってやめてほしい。全部リンガフランカの英語で話してもらいたい。だが、言語の武器性を考えるとそうはいってられないところがある。
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- 16:30 勝手に密談しているところにのりこんでかき回したい。またいつもアウェイで戦うのもしゃくだから、こちらに呼び込んでホームで試合をしたい。そんなところから博士課程の学生の英語力のトレーニングをしているし、そこにいってもいいかなと思っている学生にも英語を教えている。
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- 16:32 英語をはなすことに疑問をもっていなかったり、ちゃらちゃらと英語をたれながしている人間にいま僕が考えている武器としての英語を教える気はない。アメリカ人やイギリス人の用に英語を話すことに憧れている人も願い下げだ。西脇順三郎のように、日本人であることをのろっている人もお断りだ。
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- 16:34 だが、その一方で、英語力に問題がない留学生にもアリストテレス的修辞学のトレーニングは行っている。ここに英語が母語でインテリの所詮「ネイティブスピーカー」が教師として入ると話は全く分からなくなる。「ネイティブスピーカー」になるために英語を使っている訳ではないからね。
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- 16:36 まあここまで確信犯的に英語を教えている。Plain Englishでアリストテレスの修辞学/詩学の形式をふまえて、自分の感じていることをそのまま話す、これが目的である。経済力の次には思考力というか文化力の大変動を10年から20年の間に引き起こしたい。そうおもって教えている。
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- 16:39 倫理や美学といった主観的な領域において多様性のくさびを打ち込みたいと思っているのだ。ポピュラーカルチャーにおいては十分多様性が保証されていると思っている。所詮ハイカルチャーでも同じように挑戦したい。翻訳大国である日本に感謝をして、様々な言語による思想を学びつつ、挑戦したいのだ。
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- 16:41 本腰を入れて3年ほどだがいいところまできている。あとちょっと。中学校までアメリカにすんでいた学生だともうそのレベルになっている。チェコからの留学生もいい感じだ。普通の大学生活を送った学生ももう一息のところまできている。21世紀の倫理と美学を構築する先兵たちの武器としての英語だ。
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- 16:43 このような英語の教え方はいわゆる語学教育とかではむりだし、具体的な数値として方法の成果をもとめてくるので大学教育ですら制度に組み込めない。なので私塾的に勝手に教えているのである。語学は権力的支配の道具になってしまうので、安易な人からは学べないのである。
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- 16:45 というわけで全然一般の学生のことを考えて英語を教えている訳ではない。KMDは英語と日本語で授業をしているが、日本語を選択した人には日本語で、英語を選択した人には英語で教えている。英語で日本人学生に教えるという愚かなことはしていないのである
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- 16:48 初級英語にかんしては、僕は大西さんや松澤さんの本は本当に素晴らしいと思っている。確実に力がついて武器となる。だが英語教育ビジネスとは相容れない。ダイエットや自己啓発本と同じで口当たりが良くないと商売にならないのだ。それは大学教育の英語でも結局は同じ。
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- 16:50 なので、今回は時間をかけて自習すれば武器としての英語を本格的に修行するレベルに達するまでを時間軸(一週間一回一時間30分のレビューセッション、およびその準備に一日30分から一時間をさく)をふくめて提供しているつもりです。その先の英語の達人レベルに関しては勝手にやる。
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- 16:52 まあこんな仕組みになっています。枠組み的にはリンガフランカとヴァナキュラー論で提示したものと同じです。ネイティブの英語話者にはplain Englishで話せ、無礼者!という気持ちでいつもいます。
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- 16:54 おまけですが僕の道楽であるJazzのスタンダードの歌詞は移民の子供が「正しい英語」を学ぶためあるいは学んだ結果というものがおおく、ある意味「誰のものでもない英語」になっています。
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- 16:55 フランス語が国家を統一する機能を要求されてアカデミーフランセーズによって人工語になったように、アメリカのスタンダードの歌の歌詞は多様な民族が同じ言語をつかう工夫に満ちています。なので人工語における表現もあるのだなあと思ったりしています。このあたりは脱線ですが。
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- 17:02 Tweetsしていたら、もう5時。今晩のジャムセッションの楽譜を用意しないと。今日は長丁場だからな。
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- ブラザー工業講演(2010年11月26日)概要
- 06:41 今日は名古屋でブラザー工業での講演会。社内だが530名もの登録があったという。8時過ぎの新幹線で移動して、13:00から講演会。今回は今年1年コンサルティングで開発した新しい手法のその成果の詳細を初めて人前で話す。たっぷりと準備した。
- 06:41 KMD のメディカルプロジェクトが3年目で成果が出てきて、AXIS(2010年8月号)に発表したり展覧会(Hospex 2010)に出したりしたので、クライアント企業の事例を使わなくても詳細が説明で きる。これは助かる。今書いている『デザイン思考と経営戦略』もこの事例でいける。アイデアが民族誌調査分析をへてプロトタイプに。
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- 06:43 粘 土やダンボールのスケッチから、tinkeringによる電子回路をつかったインタラクションデザインのスケッチ。ソフトウェアの開発とビジネスモデル。 最後はパーソナルファブリケーションの仕組みでハードな筐体のデザインを行い、展示可能なプロトタイプに仕上げる。全部の流れを見せる。
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- 06:45 さらにコラボレーションをするためのデザイン思考スタジオの設計についても過去の事例から現在設計中の事例まで詳細に説明する予定。全部で3部構成。デザイン思考と経営戦略の理論、デザイン思考上級編:どこまでやっているのか、そしてスタジオデザインの手法と実際。
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- 06:47 デ ザイン思考は奇抜なアイデアを作る方法でもなければフィールドワークで「気づき」をえるスケールの小さな手法でもない。イノベーションを実現する、大風呂 敷を広げればシュンペーターのイノベーション理論を実践する技法なのだ。このスケールの大きさを理解してもらえると嬉しい。
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- 09:14 新幹線名古屋へ移動中。
- Fri, Nov 26
- 英語上級へ:独学特訓への道
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- 05:12 英語達人のレッスンは博士工房の論文指導のところで行っている。論文や書籍のレビューをしながらパラフレーズを行い、論文を書く。こちらは第二言語としての 文章指導なのだが、論理的な構成をつめるだけつめて、最後に英語を母語とする話者に直してもらう。実はここは微妙だけどね。
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- 05:15 理系の論文は言葉と意味とが一意的につながっているので、単語を並べるとメッセージは伝わるが、人文科学はそうではない。社会科学はその中間くらい。インタ ラクションデザインは半分以上人文科学的なので普通に英語で論文を書くことは無理。サイエンスやエンジニアリングしか英語でかけない。
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- 05:18 ここ数年手を変え品を変え挑戦しているがどうしても超えられない壁がある。最近は修辞学が復活してきたのでそれを参考に攻め込む方法を模索していて、ちょっ とは見えてきた。ここ一〜二年で壁を越えるかもしれない。英語じゃないみたいだけど言ってることは分かるなあ、くらいを目指す。
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- 05:24 だが敵もさるもの、最近は知的先端の表現がプレゼンテーション主体になってきている。TEDなどを見ていると、このパフォーマンスをアングロサクソン文化ヘゲモニーで行うのか、と唖然とする。たしかにアリストテレスの修辞学は弁論術だったなあと今更のように思う。
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- 05:27 知的バトルが弁論の世界に広がってきている。ここで戦い続けるのはかなり大変だ。これからの英語上級をめざすにはスティーブ・ジョブズのスピーチとかを学ぶ必要があるよねえ。ちょと考えてみよう。いずれにしてもKMDの学生はまずは初級をきちんとやっつけましょう。
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- Fri, Nov 26
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- 03:57 英語初級講座第5回:日曜日(21日)に行った。
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- Fly Me to the MoonをJulieLondon風カラオケにあわせて歌う。大体できてきた。毎日何度も繰り返している効果が出てきている。発音に気をつけると腹式呼吸を忘れる。意識できていない不随意筋に意識が回るようにする。
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- 04:00 All of Meを読む。m音の発音は自分で恥ずかしいと思うくらいでよい。n音も同じ。鼻に響かせる音をしっかりと覚える。あとlinking。これは鉛筆で歌詞のテキストの書き込む。all of me はal lo fme となる。f とmの間に母音を入れてはいけない。
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- 04:02 参考にはBilly Holidayの歌を使っている。よく聞いて、つながっているところを鉛筆で印を付ける。発音記号も歌詞テキストの下に書いておく。
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- 04:06 『英語耳』の著者の松澤さんは最初に徹底的に聞くことをすすめているが、これは人それぞれだ。耳のいい人はそれで発音はできるようになる。だが僕を含めてだがそれほど耳が良くない普通の人は聞く作業と発音記号をつかって口の筋肉を作っていく作業を同時に行う方が良い。
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- 04:08 発音記号をみて瞬間に口の形を作る練習をする。これは松澤氏が発音のバイエルとしてまとめているところだ。短音から単語へ。そして単語からフレーズへとつなげていく。フレーズをつなげていくときに文法の問題が発生する。このあたりが一緒になってプロソディの習得へとつながる。
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- 04:11 僕はジャズを歌うのだが、英語ができないのに英語の発音が上手い人がいる。いわゆる耳が良い、という人たちだ。一方、日常的に英語を使っているのに壁にぶつかる人がいる。僕はそこで大分苦労した。意味先行で英語を使っている癖で歌という表現の微妙なところをごまかしてしまう。
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- 04:12 ところがある程度歌になってくると、実は英語の意味も分かっていなかったということが最近わかった。なんというか、心に迫って涙が出るとかぞくっとする感じがしてきたのだ。プロソディが文法として身体の一部になったときである。英語(の文章)が頭から最後までそのままで分かる感じがする。
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- 04:15 この感じがつかめるまで何回も練習する。100回以上同じことを繰り返す。実際歌を学ぶためにはお手本の歌を聴き返す。100回どころではない。そのうちに微妙なニュアンスが具体的な技法として聞こえてくるようになる。「えっ、ここで息継ぎしていないの!凄い!」とかね。
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- 04:18 英語の不思議なところはとにかく音に依存した言語だと言うことだ。さて、意味が身体の奥から生まれてくる感覚を身に付けるレッスンに移ろう。『英語のバイエル』1番から34番(Step1)までを使った。文法通りにプロソディをしっかりと意識して発音する。最初に僕がお手本に音読。
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- 04:21 それをまねしてもらう。文法通りに読んでいないと修正する。大西さんの本は良くできていて、文法の説明がある。I hate youとあればyouが目的格だ。hateは他動詞。そんなこと知ってるって?身体で分かっているだろうか?大西さんは目的格は「力が及んでいるのはココだよ」と説明。
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- 04:24 発音していて他動詞が他動詞として目的格が目的格として存在するようにしなくてはいけない。そしてフレーズを作る。要するにつなげる。1番の文章は全部つなげて一つの長い単語のように発音してしまう。もちろん文法構造が分かるようにプロソディも気をつけて。linkingも忘れない。
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- 04:29 何度か発音してみる。大体文法通りに発音できたかなと思ったらNo2へ。No5で自動詞が登場。大西さんは自動詞は「力が及ぶものがない、単なる動作」と説明する。なのでそのように発音する。動きは向かう方向がある。なので前置詞と組み合わされる。前置詞を発音して休んではいけない。
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- 04:33 9番から説明。AはBだということで、これは二つの積み木が空間に配置されている感じ。大西さんは「be動詞はつなぎ」と説明している。ようするにbe動詞を意識しない。10番I'm proud of youであればIが一つの積み木で次の積み木はproud of you. こんな感じ。
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- 04:37 14番から「フレーバー文」。これも同じ構造。look, become, sound, tasteなど。AはBとして積み木を意識する。一息でフレーズとして発音する。18番は目的語が二つ。全部つなげてフレーズを作って発音する練習をする。
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- 04:40 同じ意味でも前置詞を使って言い替えるときがある。言葉が出てくる順番に「心を動かす」と大西さんは言う。to me とかfor meという感じだ。発音しながら自分を指さしてみると感じが分かる。さて以上で基本は位置は終了。22番から24番はto不定詞。動詞が来る。
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- 04:43 つまり文のなかに文が組み込まれていく感じ。これもフレーズを作って練習を繰り返す。25番から命令文。32番はthere 文。意識の中に話題が持ち込まれる感じと大西さんは説明。僕はテーブルとか大きな白い紙のうえに突然物が置かれている感じと説明しているが同じだ。
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- 04:45 まあこんなことを説明しながらフレーズをつくって発音してみる。要するにつなげるだけつなぐ。口がある程度動くようになったら、本に付録でついてくる発音を聞いてみる。英語を聴いて次が日本語。ここで止めて英語を行ってみる。再開すると同じ英文がもう一度朗読されているので確認をする。
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- 04:47 もう大分一人で読んできているので比較的スムースにレッスンは進む。文法が身についているとすらすら進む。この本は初級といえどもStep4くらいから身体的に理解するところが難しくなるので、まあ気長にいく。発音で文法能力を作っていくしかないのだから。
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- 04:49 VOAの素材のLegoの建築編を最初の2分くらい聞きながらリピーティング。ちょっと聞いてはリピートする。段々長くしていくが、これも文法能力に比例する。主語・動詞あるいは主語・動詞・目的語くらいまでリピートする。前置詞句が入ると前置詞が落ちる。冠詞がわからなくなる、という感じだ。
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- 04:53 これも少しずつ長くしていく。何度も聞いて繰り返す。だいたいここまでで一時間ちょっと。集中して行ったのでふらふらになる。とにかく音で理解していく。突然身体の中から意味が現実味をもって沸き上がる。その瞬間を待つしかない。だが発音を聞いている限り大分良くなった。スピードも出てきた。
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- 05:04 いままで何度か英語初級講座を行ってきたが、皆続かなくなってしまう。ある程度できるようになるとそのレベルの英語で実際の仕事をしてしまうのだ。まあ僕も人のことは言えないが、時々レベルアップの訓練が必要である。
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- 05:07 初級講座では英語のニュース、単語数の少ないペーパーバックや雑誌(BusinessWeekなど)などが普通に読めるあたりを目的にすすめている。単語数で言えば8000語ぐらい。このペースですすめるとまあ速くて1年後かな。ピッチを上げれば半年とか3ヶ月。一日3時間とか6時間練習。
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- 05:09 一日一時間弱だと1年くらいかかる。そんな感じで進めていくので、興味のある人は自分でもやってみて欲しい。ある程度力がつくと一日3時間や6時間のレッスンを集中してできるようになるが、練習時間も実力のうちなのであまり早くから頑張らなくても良いだろう。
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- Sun, Nov 21
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- 11:44 アカデミズムの真髄をまなぼう:
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- 奥出研究室博士論文工房の学生も大分力を付けてきて国際学会に投稿し、評価され始めた。本格的な論文が受理されていくまで後もう一息だ。ここで、アカデミズムの本質を教えておきたい。
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- 11:47 現代のアカデミズムを理解しているとは(つまり博士Ph.Dに値するとは)アイデア・コンセプト・引用・検証・謝辞・剽窃(してはいけないの意味で)の考えをしっかりと身に付ける。これらすべてが内的な価値判断基準になったとき、本物のアカデミズムを体現する知識人となれるのだ。
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- 11:48 この問題を名誉と学問として整理して見せたのが、ロバート・マートンという社会学者である。立派な研究者で日本でも『社会理論と社会構造』という翻訳が大分前に出た。彼の一般的な興味は自然科学と人文科学がせめぎあう「社会科学」の領域でいかにしてアカデミズムを成立させるかにあった。
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- 11:53 議論は大分古いのだが、インタラクションデザインの領域が人間の身体の科学から人間の精神へと拡大し、あらたなるa rationale つまり概念枠組みが求められている現在、この問題をもう一度確認しておく必要がある。
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- 11:53 彼は『社会理論と社旗構造』において、社会学の研究と社会学史・理論の研究の関係を説明する。たしかに僕が慶應大学の大学院の社会学研究科で勉強していたときは、最新の調査方法を使って社会調査をする先生と古びた社会学の古典を輪読する先生に分かれていた。マートンが言っているのはこの状況だ。
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- 11:57 僕は同じ頃文学や哲学の授業をとっていたが、こちらは調査なんかなくて、ただ古典のテキストを読んで解釈する授業だった。人文科学は伝統的にそんな感じだ。社会科学はその間にある。自然科学の知識は実験や観察で得られる。人文科学は過去の叡智の解釈を積み重ねる。社会科学は両方が必要である。
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- 12:00 まあこれは50年くらいの状況だが、この議論から先が大切だ。マートンは名誉(honor)と金(cash)という直接的な言葉を使ってここを説明する。どんなアイデアもコンセプトもそれが突然生まれてくると言うことはない。アカデミズムではどのような由来でこの考えが生まれたかを示す。
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- 12:02 これが引用である。何をどのように引用するのか、そのときの方法はどうなのか、ここにかんしてアカデミズムではお作法がある。これが研究初期の段階の博士課程の学生が最初に躓くところだ。それぞれの学問分野には歴史がある。学会は論文集を出している。ここについての勉強に時間を割く。
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- 12:05 マルチディシプリナリーになると指導教授が指導できる範囲を超える。アメリカ型のPh.Dではジェネラル試験というものがあって研究に必要な複数領域の知識がちゃんとあるかを試験する。単一分野で研究に必要な知識があるかを問う試験はコンプリヘンションと言われる。これでは実は役に立たない。
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- 12:07 日本はきちんとこの段階をとらないで博士論文に着手させるので、査読論文の数がそろうと博士論文としているが、これは形式主義でアカデミズムを学ぶことは出来ない。ちなみにKMDではプロポーザル試験をしていて、かなり高度な研究プロポーザルを提出して審査して合格すると博士論文執筆許可を出す。
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- 12:09 さて、研究論文は一人で書いていても研究が単独で行われることはない。現代のアカデミズムはこの問題を解決するためにも引用の方法を重視する。例えばウィノグラードの名著『コンピュータと認知を理解する 人工知能の限界と新しい設計理念』は現象学をつかった画期的な設計論だ。
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- 12:13 ハイデガーの現象学のなかから道具性を引き出して、それを身体の延長として説明する解釈はドレイファスが『世界内存在?「存在と時間」における日常性の解釈学』で展開したものだ。ウィノグラードが論文を執筆した段階ではまだ出版されていない。
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- 12:15 ウィノグラードは注でドレイファスの原稿を見せてもらったと述べる。こうした引用によってドレイファスの名誉が讃えられ守られる。若い研究者は研究成果の新規性が大事だと考える。とくに新規性で論文が評価されその論文の数が出世につながるとなるとそこを強調する。それは名誉ある行動ではない。
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- 12:17 名誉の反対の概念が金(Cash)だ。名誉は金では買えない。だがこのことが企業内の研究所の研究者に分かっていない人が多い。新規性を主張した論文の数が評価され結局は金(研究費)につながる。功利主義だ。アジアの大学もこうした基準を導入する。すると名誉のない(いやしい)研究者が増える。
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- 12:20 アカデミズムはしたがって自分のアイデアやコンセプトに関して出来るだけ多くの人の研究を引用して名誉を讃え、自らの論文の名誉を高める。これが非常に大切なのだ。ディベートすらしてはいけない。このことは前に書いたことがある。http://bit.ly/d1pEs2
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- 12:21 こうした名誉ある行動はある意味資質だ。平気で人のアイデアをつかって発表する学生が昔いた。絵なんかも誰が描いたか言わない。8年くらい前のことだが、頭も良いし一生懸命研究するのだが、この癖は幾ら指摘しても抜けなかった。またおっとりとした学生が無防備にアイデアを出すので盗まれる。
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- 12:24 先行研究の引用を上手く行うこと、これはなかなか大変な修行がいる。プロポーザルの指導をしていて、引用の形式を何度も直される学生がいるが、ここのお作法が名誉を讃え守る大きな武器となる。ぜひともめげないで頑張って欲しい。さて引用と名誉と金に関しては最近困ったことがある。
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- 12:26 それはアカデミズムにおいては引用するつまり出典を明らかにするということで著作権料を払わなくて良いという慣習があった。これをフェアユースという。学問を継承していく引用の連鎖は人の著作の利用である。引用されることが名誉だとアカデミズムでは考える。だがビジネスではそうではない。
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- 12:29 著作権料という金が発生する。ここは難しいね。アカデミズムも大学で授業料をとってるし、講義を公開したり、本を出したりしているので微妙って言えば微妙だ。だが、功利主義的な金銭のやり取りではなくて、お布施とか寄付とかそんな感じの金銭の流れもある訳なのでこのあたりは非常に複雑だ。
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- 12:33 大学が知財を管理する動きも始まっているので非常に難しい時期に来ている。しかし新しい知を生み出すアカデミズムの仕組みを失っては先に進むことが出来ない。このあたりこれから大問題になる。私見を言うと、アカデミズムは煎じ詰めると創造的で論理的な思考の出来る人間に価値がある。
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- 12:35 アイデアをコンセプトにしてそれがうまれたコンテキストに対して名誉を讃え自分の名誉を守る。これがアイデア・コンセプト・引用の流れだ。ここをあやまると学問としてもっとも不名誉な行為の一つである剽窃となる。自分のコンセプトや理論を発表するときには関係した人すべての名誉を讃えて引用する。
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- 12:37 その引用の連鎖を書ききるのが博士論文の第2章先行研究レビューである。ここを名誉を持って書ききる誇りを持って欲しい。さてもう一つ大切な名誉がある。それはコンセプトの検証だ。方法論を示してデータを提示しコンセプトが正しいことを検証する。検証する方法を明示する。
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- 12:39 この段階で妥協してしまう研究が多い。証明しやすい方法が導入される。その方法と研究のコンテキストの関連が曖昧なままである。かなり有名な国際学会の論文を見てもこのあたりの緩いところが多いし、出来てしまったコンセプトをありえないような社会科学的方法で検証しようとする論文も多い。
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- 12:40 まあそのチャレンジの態度で一流論文から三流論文に分かれる訳だが、ここで絶対に行ってはいけないのがデータのねつ造である。剽窃と並んで不名誉な行為だ。まあインタラクションデザインにおいてはあまりおこらないが自然科学やエンジニアリングの論文においては時々発生し世界的スキャンダルとなる。
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- 12:42 アイデアでしか存在しなかったものをコンセプトを提供して利用できるようにした、という論文であればそれは高く評価される。アイデアがオリジナルで、コンセプトを構築してそれを検証した。そのときにコンセプト構築に人の手をかりたり人の論文から方法をかりても引用しているかぎり、評価される。
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- 12:44 アイデアを作った人も評価されるし、コンセプトを作った人も評価される。だがアイデアだけ、コンセプト(仕組み)だけではなかなか難しい。こうしたところに気配りするのがアカデミズムの心性である。そして謝辞。所属する研究室、アイデアを交換する勉強会、論文の相談に乗ってくれた人すべてが対象。
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- 12:45 さて、アイデアから謝辞までアカデミズムのお作法と技法を説明してみた。ここで一番問題になるのはアイデアである。アイデアをそのまま評価して名誉を与える仕組みはない。アイデアの私有を認めると科学の発展がないからだ。アイデアを公開するためにアカデミズムの仕組みがあると言っていい。
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- 12:49 したがって、公開する前のアイデアは盗まれたら負けだ。アイデアを名誉にすることも出来れば金にすることも出来る。アイデアを盗んでも罰則はない。負け犬の遠吠えになる。佐々木俊尚さんが紹介していた新井満氏の「千の風になって」盗作事件がある。http://bit.ly/awEA7F
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- 12:51 アイデアを新井満氏が「盗んだ」ことは明確だが、法律として盗みを働いたと罰則を科すことは出来ない。特許とかだと別だが。なのでアイデアは盗んだ方が勝つ。ゲームの理論でも説明されることだ。だが豊穣なアイデアは一人では出てこない。コラボレーションが無数の豊かなアイデアを生む。
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- 12:53 つまりアイデアが無数に生まれてくる研究環境において人のアイデアを盗んで論文を書いても罰則はない。人の貢献(論文とかプログラムとか理論とかコンセプト構築法とか解釈とか場合によっては相談への私信とか)を引用しないと剽窃であり、データを改ざんするとお終いだ。だがアイデアは盗み勝ち。
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- 12:55 なので研究機関はアイデアの管理に注意をするし、厳重に警戒をする。すこしまえアメリカの研究所が日本の研究者をスパイとして拘束した事件があったが、それも同じだ。特許になると公開されるのでアイデアとして秘密のままにしている企業研究所もある。
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- 12:57 アカデミズムにおいてアイデアをどう扱うか。これは共同体としてアイデアの名誉を守るしかない。共同体メンバーの一人一人が紳士であるかどうかだ。紳士でないとわかればその共同体から除名する。それだけ凜とした態度をもつ研究共同体を維持するには、アカデミズムで名誉をえる感動を示す必要がある。
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- 12:59 そのためにはきちんとしたアカデミズムで名誉を得るように博士課程の学生を指導していくしかない。論文の数を競争している卑しい研究者が日本も含めアジアには多い。残念なことである。追いつけ追いこせの弊害だ。KMDは名誉があり実力のともなった研究者に博士号を出して進んでいきたい。
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- 11:13 量子力学的世界観とインタラクションデザイン その5:誤りえない指導者と必然的に失敗する指導者
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- さて第5部である。ここでは<他者>の問題から政治の力学へと議論を展開する。第6部でもう一度量子力学そのものへと戻る。社会を認識する枠組みについてまず考えてみる。
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- 11:18 30年ほど前アメリカに留学をした。ワシントンDCの大学でアメリカ研究を専攻したのだがアメリカ思想史という授業があり、この試験に受からないと論文提出資格試験を受けることが出来ないという厳しい授業があった。学問は徒弟制だという頑固な教師が先生で、本に書いてないことを教えると。
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- 11:21 随分激しく鍛えられた。思想史の基本的な文献を読んでの質疑応答で10名ほどのクラスだったがみなぼろぼろにされた。Robert H. Walker Jr.という名前で今年の一月 85歳でなくなった。海軍の将校から思想史と文学に進んだ研究者で厳しくも面白い授業をした。
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- 11:23 強烈なソクラテス方式の授業で難解な思想史の本が課題で授業でどんどん質問が来る。容赦ない感じだったが、僕は非常に楽しかった。鈴木孝夫に鍛えられていたので他流試合のような興奮があった。ウォーカー氏も「おまえみたいな日本人にあったことはない。やり取りの仕方は誰に習った?」と聞かれた。
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- 11:26 高橋潤二郎と鈴木孝夫という両師匠に鍛えられていたことをこれほど感謝したことはなかったね。彼が言ったことでいまでも覚えているのは「セオドール・ルーズベルト以外の共和党員には本当の知識人はいない。」という台詞と「ニュートン物理学を社会に適応したのが人は平等とするアメリカ憲法だ。」
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- 11:30 「人間はアトムだ。だから平等なんだ。」というコメント付きで建国の父達の文書を読んだことである。日本のアメリカ憲法研究は法学者の故田中英夫先生およびそのお弟子さんを除いてセンチメンタルで自らの蒙をアメリカからの光で照らして恍惚とする、性に合わないが感じなのだが、それとは違った。
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- 11:33 人間はみなアトムで同じだ。ここがアメリカ憲法の出発点になる。予定調和的な幸福な世界が待っている。だが、勿論現実にはいろんなことが起こる。アメリカの合理主義あるいは古典的啓蒙主義は19世紀の末の混乱の中で何度も問い返される。合理主義の下に流れている無意識の潮流がある。
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- 11:36 それを見つけ出していくのが心理学者ではウィリアム・ジェームス、彼の弟で小説家のヘンリー・ジェイムス、そしてアブダクションというまったくあたらしい推論形式を生み出したチャールズ・サンダース・パース達である。実は熱力学のジョサイア・ウィラード・ギブズもこの時代のアメリカ人だ。
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- 11:40 この時代から第1次世界大戦の終わり頃まで「死の欲動」を多くの人々が持っていた。それは「あのときに別様に行動することも出来たはずだと深い後悔の念や罪悪感を持って過去を振り返り反復するようなとき、過去のありえた可能性は、論理的に可能なことを空虚に列挙するような場合とは違って、(続く)
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- 11:42 固有の現実性(アクチュアリティ)をもって我々に迫ってくる。」こう大澤氏は書く。(160P)これは上手いね。命題記号論理学の操作や論理的アクロバットの指摘が論理的思考だとする本が沢山あるが、そのようなものは空虚だ。なにもわからない。時間を過去にもどしてあらためて可能性の世界を見る。
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- 11:45 すると胸に迫るような現実性をもって起こりえなかった可能性が迫ってくる。戦友が死んだ過去を振り返ったときに「私が彼<他者>でありえた」と思う。このような反復強迫はキュビズムにおける求心化作用と遠心化作用と同質だ。私が他者であったかもしれないという気持ちは、少し前に議論した偶有性だ。
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- 11:49 量子力学が上手く説明できない可能的潜在的なものが現実性をもつという現象と「死の欲動」は同じ構造をもつのだ。この問題は第一次世界大戦の次の悲劇第二次世界大戦でさらに複雑に展開する。それは全体主義の問題だ。大澤氏は全体主義を生み出した思想家政治学者カール・シュミットを登場させる。
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- 11:53 合理的思考で社会のシステムが設計され(アメリカ憲法)それが徹底され、個人主義と自由主義が純化される。すると社会の秩序は合理主義の元では功利主義か形式主義でのみ形成されることになる。欲望や利害を追求する諸個人の戦略的な相互作用が結果として社会秩序を形成するのが功利主義だ。
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- 12:01 もう一つは規範や目的に対して中立的な普遍的なルールを設定する形式主義だ。オーストリア出身の公法学者・国際法学者ハンス・ケルゼンが提唱した。アメリカにわたり、ロールズの『正義論』で展開され、カント的な公共的理性を前に出して特定の道徳から自由なリベラリズムを可能にする形式を求めた。
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- 12:09 このような形式主義はいまでは日本でも評判になっているサンデルによる「政治の道徳化」によって批判的に継承されている。さて、時間を第二次大戦まえに戻そう。ケルゼンが形式による規律を主張していたときにそれに対抗して形式主義では現実的な(アクチュアルな)問題に対応できないとした。
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- 12:12 ではどうするか。シュミットの出した結論は政治的決断主義とよばれる。(162P)これは例外状態において決断をくだす者である。具体的には当時のヒットラーであった。シュミットの議論は形式と現実を媒介することが出来るのは主権者の意志のみである。
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- 12:15 大澤氏によれば「主権者が特定の内容をもつ命令や(抽象的なルールに対する)特殊で具体的な解釈を人々に課すのだ。」(163P)つまり、内容は関係ない。意志決定をするという、これも形式だが、それが大切なのだ。決定に関する形式主義である。そしてそれがなされるのが「例外状況」だという。
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- 12:17 例外状況というと特別な状況のような気がするがシュミットはルールによって形式主義にいたった近代の行き詰まりが例外状況なのだ。つまりいまの現状すべて。ここは難しい。モダニズムを批判して登場してきたポストモダニズムの思想家が立ちすくんだところだ。モダニズム批判の先にはナチズム来る。
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- 12:20 1980年代からフランスを中心に勢いを得たポストモダニズムはモダニズムのつまりはニュートン的世界観の成立する根拠をたたきつぶした。そしてその先には新しい社会ではなくナチズムがあるいは全体主義が幻のように現れた。これはかなりまずい状況だ。
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- 12:24 この問題は現象学的設計論を展開する僕にとっても大問題で、ここを解かないとヘルスケアから家族、暮らし、街といったところへインタラクションデザインを展開できない。そのために超えなくてはならないところがこの量子力学的世界観の習得なのだ。さて、議論を進めよう。
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- 12:26 フランスポストモダニズムの巨匠が相次いで亡くなりその思想的継承はフランスやドイツではなくイタリアで行われた。モダンを解体した先に見え隠れする全体主義の亡霊を閉じこめようとしているのはイタリア現代思想の哲学者達である。大澤氏はそのうちの一人ジョルジュ・アガンベンの思想を紹介する。
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- 12:35 アガンベンは例外状態を法の内と外との区別に対して、解消不能な不決定性が宿るという。(165P)法の実行を停止する主権者の権力が法によって規定されているからだ。典型的な嘘つきのパラドックスだ。法の機能が停止していると、遵法でも侵犯となり、凶悪犯罪でも法に従っていると見なされる。
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- 12:42 大澤氏は例外状況は量子力学と同じ構造をしていると指摘する。量子力学における波動とは「電子や光子のような微粒子の可能な運動がすべて潜在している状態」である。(166P)この状態を説明する考え方はハイゼルベルグ、シュレディンガー、ファインマンなどがそれぞれモデルを提案している。
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- 12:45 説明の仕方はいろいろあるが現象としてはすべての運動が許されている状態が波動である。それが例外状況と似ている。例外状況では主権者は決断する。法律では判定できな状況で「友は誰か、敵は誰か」を定義し、宣言する。なんか、こんな適当な判断をする人を主権者におくとやばいよねえ。
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- 12:47 量子力学において「観測を通じて、潜在的・可能的な運動の束(波)の中から、1個の粒子が結晶し、立ち現れる。」例外状況においては「主権者の決定を通じて人民の中から「友」が結晶する。(166P)相当やばいな。しかし、これが第二次世界大戦前にナチズムが生まれてきたメカニズムなのだ。
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- 12:49 シュミットの決断主義は合理的なパラダイムを徹底的に実行した結果生じた困難に対する対応であった。量子力学もニュートン的なパラダイムを徹底してすすめた結果現れてきた現象への解決の試みだったのだ。さて、ここでちょっと立ち止まろう。まだ量子力学的世界観の中身には分け入っていない。
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- 12:50 いままで考えてきたのは従来の認識枠組みでは説明できない現象が生まれ、それが新しい認識枠組みを要求していると言うこと。この変化は科学だけではなく社会においても生じていること。その原因は近代社会の憲法がニュートン物理学と同じパラダイムであること。
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- 12:54 解けない問題が同じ構造を持っている。その問題をとにかく解いて見せたのが全体主義であったこと。思想的合理主義を1970年代から追い詰めてきたポストモダン哲学は同じ亡霊に直面したこと。ここまでだ。大澤氏はさらにもう一つの亡霊について話を進める。それは共産主義だ。
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- 12:55 全体主義と共産主義は亡霊である。なぜなら過去の出来事だから。しかしいまの社会の先にこの亡霊が見えている。功利主義と形式主義しか決定原理がない社会の落ちていく先はここになる。ハーバーマスやサンデルのように法律に道徳を合理的に持ち込む、ということは現実的ではない。ではどうするのか?
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- 15:35 量 子力学的世界観とインタラクションデザイン その5:(続き)シュミットが合理主義と生活世界のほころびを全体主義で解決した。ほころびがある点は量子力 学的世界観と同じだ。だが例外状態で主権者が友と敵との境界を決定してそこから「友」が結晶してくる、というのは振り返っても、よくない。
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- 15:40 合理主義と日常世界のほころびにかんしてもう一つの解決策があった。それが共産主義である。社会の規範を担う人間は生きていてはいけない。抽象的な存在でなくてはいけない。規範の与えてだ。これはシュミットのいう形式的な法と同じである。
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- 15:42 こ この裂け目を見るとは、量子力学における観測問題、つまり波動関数を壊すことになる。つまり「観測は政治的決断主義の物理的な表現である」(174P)と いうわけだ。議論は大分めんどうなところまで大澤氏によって展開されてきた。だが20世紀の隘路は全体主義だけではなく、共産主義も挑戦した。
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- 15:45 大 澤氏はレーニンを例にひく。彼もまた全体主義を生み出したシュミットのように共産主義の指導者について論じている。これは西洋の社会民主主義と違うとい う。プロレタリアート自身が運動すると考えるからだ。レーニンはこれとは違って、指導者によって友と敵とを分けるシュミット的指導者であった。
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- 15:57 共産主義あるいは社会民主主義においては、指導(プロレタリアートや農民への知識注入)ではなく、どのように世界を認識していようと関係なく、資本主義の中で改革の実践をしていれば仕組みはかわると考える見方だ。この考えの指導者がベルンシュタインである。
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- 16:05 し かしただ日々かいぜんの実践をしたところで本当に革命の日はくるのか。ローザ・ルクセンブルクは革命の好機をまっていてもこないという。つまりさっさとや るしかない。すると時期尚早なので失敗をする。反復的な失敗が「革命の主体を教育してその主体的条件を成熟させる」という。
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- 16:08 こ れはびっくりだ。イノベーションを実践するためのデザイン思考と同じではないか。まずやってみて失敗をする。そこから学んで次にすすめる。Build to Thinkの考え方だ。またこれはレーニンの主張にも似ている。だが、ローザは大衆を指導するリーダーを耐える考えにも否定的だった。
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- 16:10 ここからは僕の意見だが、シュンペーターの『資本主義・民主主義・社会主義』が問いかけた問題に直接結びつく。資本主義と民主主義つまりは近代合理主義が生み出した二つのシステムが生み出した生活の裂け目の解決が社会主義とはあんまりではないか、というのが彼の主張だ。
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- 16:12 社 会主義に代わる方法を模索してイノベーションを打ち出しているがそれを継続的に、つまりゼロから一を常に生み出す方法に関してはいくつかの操作的な方法を 示しているだけだ。シュンペーターの天才的な思考はその弟子達によって厚生経済学的にあるいは混合経済的に引き継がれる。
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- 16:14 そ の危うい均衡は金融工学という量子力学的破壊兵器でぶち壊される。その次はまちがいなくゼロから一を生み出し続けるイノベーションをコアコンピテンスとす るグループだ。そこにおいては指導者なき(アイデアマンではなくコラボレーションで)実践と実行(失敗)の繰り返しあるのみなのだ。
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- 16:18 レーニンは「成功には失敗が内在している。その失敗へと人を駆り立てるためにこそ、指導者が必要だ」と述べたという。(183P)シュミットは誤り得ない指導者だがレーニンは「必然的に誤る指導者」だ。大澤氏はこの視点から量子力学に戻る。(この項 完)
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- 補遺
- 16:20 良いつっこみを頂きました。僕もそう思います。そこにブラックショールズ方程式を持ち込んで高速のコンピュータで情報をやり取りする市場を「工学的」につくりディーラーが端末で力自慢をしていた。ここが変な20年。RT@ooe_san 金融って、そもそも工学分野じゃないでしょって言う(後略)
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